公的な“年度末”は三月だと、 頭では重々分かっているのだが。 それでもさすがは歳末、 1年の締めくくりとあって、 昔ながらの風習もいまだに重用されるため、 師走は何かと忙しく。 その際たる時期は、 何と言っても クリスマスとそれ以降の1週間に尽きる。 クリスマスのケーキや御馳走、 大掃除からおせちの準備にお年始回り、 帰省なら手土産の手配まで…という、 一家のあれこれを取り仕切る立場の お母さんでなくたって。 クリスマスと大晦日には お友達との予定もあろうし、 迎春準備のお手伝いは 面倒臭いかもしれないが、 初詣でや 初売りバーゲンへの打ち合わせなら、 一人一人の予定が結構なバラバラ具合で どんなにややこしい段取りであっても、 そりゃあ根気よく詰めていける心当たり、 ありませんか?
「だって、この歳で 親掛かりの帰省とか 旅行とかはちょっと。」
親戚や従姉妹にだって、 仲が良いなら日頃からも連絡取ってるし、 盆と暮れにしか逢 えないワケじゃあないしねぇと。 そうと語った 白百合さんこと 七郎次さんは、だがだが、 父上が高名な日本画家である関係から、 そのお宅にこそ お年始のお客様が 大挙して押し寄せる側のお立場で。 そして、
「………。(頷、頷)」
傍らでもっともらしくも “同意同意”とばかり 深々と細い顎を引きつつ 頷いて見せていた、 七郎次さんと同じよな 金髪白面の美少女様。 紅ばらさんこと 久蔵さんもまた、 ご両親を初めとする一族で 系列展開なさっておいでの コンツェルンの中枢、 都内でも指折りの格を誇る有名ホテルが 年末年始は書き入れどきなので。 そちらのレセプションへと添えられる 華として呼ばれることこそあれ、 親御の実家への帰省だの、 家族でお重を囲んでお雑煮を…というのは 実は一度も経験していなかったりし。 まま それはそれで 今時かなという彼女らに相対するは、
「日本では クリスマスに大騒ぎするんですよね。」
「そういやヘイさん、 何か不思議とか言ってたものね。」
同じ次空軸に生きた “前世”の記憶を持つ “転生びと”同士ではあるが、 今の生で辿っている生い立ちも、 それはそれで バラエティに富んでいる三人娘。 最後に控えし ひなげしさんこと平八は平八で、 頭脳流出した著名な博士の孫として 海の向こう、 アメリカで生まれ育った身の上なので。 三人揃うと一番日本人ぽい容姿でありながら、 実は日本の風習への馴染みは 微妙なときが多々あって。
「つか、 よく知ってる方だよなと思いますよ?」
「………。(頷、頷)」
「へへぇ、 そこはゴロさん仕込みですしぃvv」
惚気たっぷりな文言だからか、 思い切り やに下がっての そりゃあ良い笑顔になってしまったのが 判りやすいが、 それもともかく。(笑)
「キリスト教徒にすれば クリスマスは神聖な日ですからね。 神職様ほど 厳そかな禊斎まではしなくとも、 教会のミサに出たりして、 家族団欒 静かに過ごすものなんですよ。」
その代わり、 新年は 皆でカウントダウンして “ハッピー・ニューイヤァ〜!”って 大きにはしゃいで 騒ぎますけれどと付け足され、
「そこはそれこそ 日本とは真逆だよねぇ。」
「……。(う〜ん)」
そうと説明され、 違うもんだねぇと感心しているのが、 金髪に玻璃玉のような双眸という 欧米人のような 風貌をしている側だというのが、 事情を知らない人には 何とも微妙な会話かも知れないが。(笑) まま、米国と日本では 土台になってる信仰が そもそも違うので仕方のないこと。 とはいえ、 今時は…と語れば それほどまで大差もなくて、 殊に十代後半の遊び盛りともなれば、 先にも挙げたよに 家族で集まってというイベントよりも 親しい友人たちと顔合わせ、 ちょっと背伸びしたお出掛けなぞなぞ 楽しみたいお年頃でもあって。
「なので、 というワケでもないんですが。」 「ですよね♪」 「………vv(頷、頷)」
こちらのお嬢さんたちの場合は場合で、 家族でしきたり通りのあれこれには 縁が薄くとも、 それぞれの交際絡みの伝手やら何やらへ、 ご挨拶があったり 特別な集まりへ顔を出したりという 大人のいう“お義理”へのしがらみが 結構あったりもするのだけれど。 大晦日から出掛ける初詣で、 今年もご一緒しませんか? と 毎年恒例の段取り、 楽しそうに約束し合ったのが。 女学園のクリスマスミサと終業式が 催された登校日のお話で。 そのまま プレゼントへのラッピンググッズを見繕いに、 Q街のショッピングモールまで お出掛けしたあとは、
“メールやつぶやきでしか、 互いの動向は 知らないまんまですよねぇ。”
七郎次は草野刀月画伯の愛娘として、 画壇の皆様の間でも 可愛がられておいでなため、 他の画伯や俳人・書家の皆様といった 関係各位が催す 年忘れの何やかやに 顔出しせねばならない身だとか。 久蔵は久蔵で、 本人が籍を置くバレエ団のクリスマス公演に 客演として ちょろりと顔を出す予定があったり、 後援会主催のパーティーへも 華を添える意味で 足を運ばねばならなかったり。 はたまた、 ホテルJの常連客でもある 財界の大御所様からリクエストされて、 年忘れのレセプションに出て おニュウのドレス姿を ご披露せねばならなかったりと、 こちらも 親御に負けぬほどお忙しい年末らしく。
『それを言うなら、 ヘイさんだって。』
『………。(そーだ、そーだ)』
内情まではよく知らないけれど、 あちこちの大学院の 工学関係の研究班の皆様や 教授せんせえなどなどから、 色んな研究へのご協力下さってありがとうと 打ち上げや納会へのご招待が 引きも切らずだと聞いてますよと、 金髪娘二人が言い返していただろう、 こちらもお忙しい身ではある 猫目のお嬢さん。 それとは別腹、もとえ別口の事情、 下宿先の“八百萬屋”の厨房が ご贔屓筋から毎年注文を受けている 迎春向けの上生菓子の製造で 忙しくなるがため、 猫の手レベルじゃありますがと 営業中のお運びさんの お手伝いなぞに従事しており。
「…ありゃ。」
そちらも納会の一種というものか、 お屋敷町ならではの贔屓筋、 マダムたちのサロンにて 催されるのだろ年忘れのお茶会へ、 季節意匠の練りきりやら羽二重餅やら、 ご注文のあった生菓子を お届けにと出掛けた先にて。
“行きは良い良い 帰りは怖い…ですかね、こりゃ。”
ご町内の慣れた道、 ほぼ生活道路の中通りまで あと少しで出るぞという手前のところへ、 だからこそ盲点になりかねぬ危ない罠、 平八だと首が引っ掛かりそうな高さに 細い紐がピンと差し渡されてあり。 ごついと目立って見やすいからか、 それとも他愛ない悪戯か、 うっかり見落としそうな細さ、 モヘアだろうか毛糸のようだったけれど、
「…っと。」
一見、おっとりして見えていても、 そこは元お侍様の転生びとで。 ハッと察知したそのまま、 けっこう手前で立ち止まり、 難を逃れた…かに思えたところが、
「引っ掛かって ビックリしてくれなくとも 構わねぇさ。」
「はい?」
そんなお声とともに、 何かが向背から駆け寄って来て、 振り向こうとしたひなげしさんを、 がっしと捕まえ、 あっと言う間に羽交い締めとしてしまう。
“あら、抜かりましたね。”
確かに そやつが言う通り、 ほんの一瞬とはいえ、 妙なものがあるなぁと 気持ちがそれへ逸れたのは事実。 過去…と言っていいものかの お武家だった頃ならいざ知らず、 今の女子高生という身では、 幼いころから剣道も嗜む七郎次や、 バレエで全身の反射を 研ぎ澄ませている久蔵と違い、 それほどまで鋭敏な反射 持ち合わせてはない平八でもあったので。 フードつきのライトダウンに、 ブラウスとニットのカットソー。 ツィードのシンプルなシルエットのスカートに ニーハイを合わせ、 足元はローヒールのボアつきハーフブーツ。 そんな何の変哲もない私服姿でいての 油断しまくりだったところへと ささやかとはいえ 狡智奸計な手管を巡らされては 相手に一本取られてもしょうがない…と、 結構あっさりと 観念したよなことを思っておれば、
「あっけないくらい簡単だったよな。」
「ああ、 やっぱこいつだけ、 それほど腕っ節は強くねぇんだよ。」
自分の腕を 窮屈な姿勢で背中へと回させているのとは 別な存在も居合わせたらしく。 少し離れた物陰からか、 ざかざかとゴム底らしき足音させて 近づいて来る奴もいて。 会話の内容からして、
“……ふ〜ん。”
どうやら他でもない平八をと狙っての 無礼無体であるらしく、 八百萬屋を見張ってたのかな、 だとして 往路で掴み掛かって来なかったのは、 なかなか着かないと 先様が案じると思ったなら
“多少は頭が良いって事か、 それとも このモヘアの罠に準備が要ったのか…”
私が行きと違う道を帰ったら たまなしになったろにねぇと、 やっぱり悠長なことを 考えていただけだというに、
「ほら、怖いんだろ? お仲間の乱暴者が 一緒じゃねぇもんな。」
「こいつ一人、 連絡役だったからな。」
さして身じろぎもせずに 大人しくなったのを、 恐れおののいて動けぬと感じたか、 早速にも居丈高な声を出す連中は。 ちらりと 視野の端に収めたお顔で断じるなら 自分たちと変わらない世代の男の子二人。 片やは ぶかっとしたジャンパーに 微妙にサイケな色柄のトレーナー、 膝の抜けたジーンズの腰辺りには、 自転車の鍵だろか じゃらりとチェーンを提げており、 もう一人は、 そちらもサイズが微妙なPコートと 洗濯でロゴプリントが はがれ落ちたトレーナーに、 ボトムは チェックがぼんやり掠れかけている フリースパンツらしく。
“この冬のトレンドって こういう柄なのかなぁ”
抵抗しないのは、 要領の悪い相手みたいだからで、 下手に力を込められると 肘や肩の筋を違えかねないと思ってのこと。 そんな心積もりは、だが、 当然届きはしないようで、
「神妙なのが薄気味悪いな。」
「だってやっぱ女だし、 一人じゃ何にも出来ねぇのさ。」
早くも勝鬨を挙げておいでのような 言いようをし、
「俺ら、 すげえ恥かかされたからな。」
「おうよ、 忘れたとは言わせねぇ。 同じほどの目に 遭ってもらわないとな。」
それで脅しているつもりか、 いやいや もしかして 思い通りにコトが運んだのが堪らなくツボに はまってしまい、 それが何とも痛快爽快なのだろう。 ひゃっひゃ・へらへら、 こんな可笑しいことはないと 言いたげな笑いを こらえ切れずに だだ漏れにしていた彼らだったものの、
ぶん・ひゅっ、と
それほどの道幅もなく、 よって そうまでのスイングを ためられる空間は なかったはずだったが、
「…え?」
場慣れして見えて、 だがまだまだ素人だろう青二才が、 不意を突かれたに違いないのに 気配を察してそちらを向いてしまったほど、 存在感のある何かが 途轍もない威容を孕んで襲い掛かって。 何かで横薙ぎに払われたそのまま、 羽交い締め男が 横合いのブロック塀へと 吹っ飛ばされて叩きつけられる。 自分でも何が起きたか判っていなさそうで。 どんと突き飛ばされて到達した先、 壁へは肩をぶつけただけで済んだものの、 足元の踏ん張りが追いつかず、 その場へへたり込んでしまっており。
「お・おいっ、何すんだっ。」
もう一人はもう一人で、 塩ビのバットを振るう フルスイングの邪魔だと思われたのだろ。 紅バラ様の連れの女傑様に ちょいと膝裏を突っつかれ、 それは他愛なく天を仰いで、 やはりやはり転げておいで。 勿論、無体な目に遭っていた ひなげしさんの腕へ負担がかからぬよう、 吹っ飛ばした方向へ 自然と腕が元へ戻るようにとの 配慮もされており。
「いやはや、お早かったですね。」
今時の女子ですもの、 お使いの帰り道では スマホでのお喋りをしておりましたから、 急に声が途切れれば、 何かあったなとの勘も働くこちらのお二人。
「ちょ、ちょっと待て。 スマホだと?」
ブロック塀の足元に座り込んだ格好の チェーン男が、 何でだろうか急に慌てふためき、
「何も 手に持ってなかったじゃねぇかよっ。」
ちゃんと確かめたぞ、嘘つくなと、 現に駆けつけている 金髪娘二人を見てもなお、 ムキになっての言いようを連ねたが、
「やですねぇ、ハンズフリーですよ。 行きは手が塞がってたんですもの。」
耳の上あたりの位置の髪へと留められた、 少し大きめのヘアピンを指差して。 何で気がつかないもんでしょかねぇと、 猫目をますますと細めての“んんん?”と、 怪訝そうなお顔になる平八の態度がまた、 余裕綽々なのが凄まじく。
“市販品じゃあないんだから 判るはずないって。”
内心でちらり思ったことも 澄ましたお顔の陰へ押し隠したのが、 珍しくも幼いデザインのダッフルコートに、 スエードだろうか 濃いキャメルのフレアスカートと ライトダウン仕様のベストを 内のブラウスの上に重ね着た七郎次なら、
「………#」
得物を思い切り 振り切っても気が晴れてはいないのか、 俺の友に何をしていたとの お怒りもそのまま。 ようよう鞣した 革製ライダーズジャケットと、 スリムなシルエットも鋭角な、 ストレートパンツにブーツを合わせた、 勇ましいファッションには、 もしかしていいアクセントかも知れぬ。 バイオハザードのアリスも真っ青な 怒れるヒサコ様、 もとえ、三木さんチの久蔵殿が、 真っ赤なバットを手に、 細い眉を吊り上げておいで。
「どしました、そのバット。」
「蔵にあった。」
「あ。もしかして 小学生のころの武勇伝の?」
今よりずっと等身が低く、 紅色の双眸もやや真ん丸の、 それこそお人形さんのように 愛くるしい風貌だったというに。 こんなものを振るって 腕白な悪戯小僧に天誅を加えた そりゃあ勇ましき立ち居振る舞いを 衆目の中でご披露した武勇伝。 なんで白百合様やひなげし様が そこまで知っているのかは、 それこそ“仲良し三華様がた”たる 由縁というものか。 (『あのころも 緑の中』参照・笑) 大方、事情が通じていればこそで 話のタネに見せようと 持って来たのだろうけれど。
「怒りに力の制御が 出来てなかったようですから、 これ持ってて 良かったと思わねばですね。」
「そうですね。 いつもの警棒で打ちのめしてたら、 吹っ飛んだだけで済んでたかどうか。」
いまだ塀にもたれ掛かって 座り込んでおいでの輩を見やり、 口調こそ淑やかながら、 中身は途轍もないことを ペロッと言っちゃう お嬢様がたの恐ろしさよ。
「な…っ。」
膝の裏をカックンされただけの輩が、 何だその言い草はと思うたか、 ぎりりと歯咬みをしてから一気にいきり立つ。
「だ、大体だなっ、 お前ら そんな大人しそうな顔で 暴力振るいまくりで、 そんなん良いと思ってんのかよっ! ちょっと ばあさんの手提げ掠め取ったくらいで、 俺らンこと、バイクごと蹴倒して、 そのままそっちの二人掛かりで 良いように引っぱたきやがってよっ!」
ちょっとした狩り気分、 大して大金を盗んだって訳じゃなし、 ゲームじゃんか遊びじゃんか、 なのにバイクお釈迦にしやがって。 俺らだって転げて肘とか擦りむいたし、 革ジャンにも傷いかされたし、 その上、マッポから 一方的に強盗扱いされてよ、と。 頭に血が昇ったまんまで 一気呵成にまくし立てた青年だったが。
「……。」 「……?」 「……??」
はい?と顔を見合わせ合った、 いづれが春蘭秋菊か、 ふっくら愛らしかったり、 端正に清楚だったり、 鋭利に艶麗だったりするお嬢さんたちが、 同じように 小首を傾げて見せてから、出した答えは、
「…いつの話ですか? それ。」
「顔に見覚えが…。」
「このご町内でって いうことでしょか?」
「あ"…?」
想いも拠らないリアクションへ、 まくし立てて来た青二才が、 双眸見開き 驚愕にお顔を凍らせたけれど、
てっきり……。
てっきり初犯だと思ったから、 手加減してやったのにですってよ。
私も、 てっきり私たちの噂を聞いてただけの 向こう見ずかと。
額を寄せ合いひそひそと、 聞こえよがしに相談を始める彼女らで。 そんな態度もまた 人を舐めくさってからにという 憤怒への煽りになったのか。
「…っ#」
甲に血管が浮き上がるほど ぐぐうと握り込んだこぶしを振り上げて、 があっと吠えつつ こちらへ殴りかかって来かけたけれど、
「おっと、」 「…っ。」 「そぉれっvv」
まずは ほいと足元引っかけて、 たたらを踏んで失速したの、 身を躱しつつ すれ違いざまに背中を押してやり、 最後に控えし紅ばら様が、 連れの彼と同じよに、 塩ビのバットでパコンと 引っぱたいて差し上げて。
「こんな危ない罠まで 用意するとは周到な。」
「前も警察へ引き渡したのに、 ちいとも懲りてないようですね。」
何とはなくながら、覚えておりますよと からかっただけだとばかりに 胸を張る平八と七郎次の傍にて、
「〜〜〜。」 「…いやいや、久蔵殿。 ホントに覚えてないんですか?」
やっぱり渋面を作っておいでの約一名は おくとして。(笑) しょむないお礼参りをしかかった小悪党二人、 再びあっさりお縄に付かされ、 最寄りの所轄署から来たお巡りさんへ 引き渡されることと相なった 師走も押し迫った昼下がりだった そうでございます。
〜Fine〜 14.12.30.
*ギリッギリまで忙しかったのと、パソコが不調になったもんで、
更新に間が空いてしまっててすいません。
そんな挙句に、
相変わらずなお嬢さんたちで今年を締めくくろうとは。(う〜ん)
最初はしっとりと、三組のCP話を紡ぐはずでしたのにね。(おやぁ?)
気がつきゃ、お転婆三人娘のシリーズと化していて、
どこで育て方を間違えたかなぁ?(おいおい)
めーるふぉーむvv


|